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年上の恋人。
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僕の好きな人は、よく忘れ物や落とし物をする少し抜けている人だった。
「これは…メガネチェーン?」
「はい。伊吹さんよく落とし物とかするじゃないですか」
小さなアパートで一人暮らしをしていた僕の隣の部屋に引っ越してきた人で、朝学校に行くときによく会っていた。最初は挨拶くらいだったのが僕が鞄に付けていたイルカのキーホルダーがきっかけで話すようになった。魚が好きでよく一人で水族館に行くんだとか。
そんなお隣さん――伊吹さんと仲良くなって一緒におしゃれなカフェでお昼ご飯を食べた時、携帯を車に忘れたと言って取りに行ったことがあった。仕事の飲み会でビンゴ大会をしたときに景品で貰ったらしい星形のキーホルダーも知らない間に落としてしまっていたりと、やはり少し抜けている。部屋に行く度小物が減ってる気がしていたのは僕の思い違いじゃなかった。
だから僕は誕生日にメガネチェーンを渡した。綺麗な青色のチェーンが特徴的なもの。伊吹さんは初めて出会った時から素敵で落ち着きのある大人だったから、これを見たときに伊吹さんにピッタリかもって思ったのだ。
「あはは……。まぁ否定はしないけれど…。でも私の中でこういうものは知的な人がつけているイメージが強いから、私に似合うかどうか…」
「似合いますよっ! 伊吹さんに似合わないものはないですよ!」
「…陸がそこまで言うなら……」
僕が食い気味に叫ぶと伊吹さんは少し照れながらおずおずとメガネを外し、チェーンを付けだした。メガネを外した伊吹さん、久しぶりに見た…。まつ毛長いし鼻筋も通ってて、『美しい』と言う言葉はこの人の為にあるのではないかと錯覚してしまいそう。
「……陸、そんなに見られると照れるから、やめておくれ…」
「すっ、すいません…メガネを外した伊吹さん、久しぶりだったから…」
「おや。見惚れるほど私の顔が好きなのかい?」
「顔だけじゃないですよっ!」
「……え?」
「しまっ……いやあのええと人として、その…そんけい、している…と言いますかなんといいますか…」
思わず言う予定の無かった事を言ってしまい、僕の頭はぐちゃぐちゃになってしまった。だって伊吹さんが『顔』が好きなんて言うから…。なんて、好きな人のせいにして素直になれない自分に腹が立つ。顔が熱い。視線を床から移せない。心臓の音がうるさい。
「…………私は、陸の事、出逢った頃から好きだったぞ?」
「は……え、うそ、いやだって…そんなこと」
「嘘でこんな事言うあほがあるかい。私の為に色々なことをしてくれたこと、全部嬉しかった。今だって私の為を思ってメガネチェーンを買ってきてくれて。私は今まで誰かに愛情を注いでもらった事がないから、陸だけは絶対に手放したくなかったんだ…」
真剣に語る伊吹さんに、僕は思わず泣いてしまった。だって、伊吹さんは今日で32歳になるわけで、もうとっくに恋人がいるものだと思っていたから。今までこういった話をしてこなかったから、高校3年生の僕には勝ち目なんてないんだって、勝手に思い込んでた。だから、想いが通じ合っていることが、嬉しかった。
「……っ」
「ほれほれ、高校生にもなって泣くでない。せっかくの顔が台無しになるだろう」
ティッシュを数枚抜き、僕の目元を優しく拭ってくれる伊吹さん。僕は嬉しくて何も考えられなかった。壊れたダムのように涙が止まらない。その度に優しく笑いかけながら拭ってくれる伊吹さんが大好きで仕方ない。
「あ、りがとう、ございます……っ。あの、ぼくも、ずっと前から…伊吹さんの事が、好きでした…いまも、だいずぎでず~~…」
「はは、知っておるぞ。も~泣きやまんか」
「だって~~…」
結局この後僕は目が腫れるまで泣いた。
「……今、なんと…?」
「だから、メガネをかけた理由は陸の顔がもっとちゃんと見たかったからだと言っておるだろう。まぁ元々目はいい方ではなかったが、陸に会って、一目惚れしたんだ」
少し落ち着き、僕は前からメガネをかけ始めた理由を気になっていたので聞いてみた。…のだが、どうしてこうもこの人は恥ずかしげもなく平気で言えるのだろう。これが大人の余裕ってやつなのか? 僕にはまだわからないが、言われてるこっちが恥ずかしいからあまり言わないでほしい…。じとっと伊吹さんを睨むが、当の本人は分かっていないらしい。頭の上にはてなマークが見える。
「………そ、んなに僕の事が好きなら、それ買ってよかったです」
話題を少しでも変えたくて、僕は早速つけてくれているメガネチェーンにシフトした。大好きな僕からのプレゼント、嬉しいでしょう? って。
恥ずかしがっているのを悟られたくなくて、少しいい加減な口調になってしまったけれど、伊吹さんは先程よりももっと恥ずかしいことを言い出した。
「あぁそうだな…。メガネを落としたりなくしたりする心配がなくなるし、何よりも、これを付けているとどこでも陸の事を感じていられる気がするから、毎日が幸せでいられるな」
「~~~~~っ! はぁぁぁ~。それはなによりですね…」
再び顔を赤くして心臓の音が止まらない僕と、そんな僕を揶揄う年上の恋人。年齢や経験値はどう頑張ったって埋まらないけれど…。
「ふはは…っ。本当、陸は見ていて飽きないなぁ…っ」
けれど、僕は、この人と生涯を共にしていきたい。
そう思った。
僕は決して男の人が好きなわけではない。でも、伊吹さんだから、好きになれたのだ。この人を、一生手放してやるものか。
「う、うるさいですよ…っ」
「そう言って照れてる顔も可愛らしいなぁ。もっと見せておくれ」
田舎のおばあちゃん家からっ引っ越してきたという伊吹さんの、たまに出るおばあちゃん見たいな喋り方も、少し抜けていて天然気味なところも、僕の事を一番に考えてくれているところも、結局何を言われても、何をされても、全部大好きなんだと思う。
「もう……。それ以上揶揄うと、今日の晩御飯なしにしますよ」
「それは嫌だな。陸の作るご飯は天下一品だから食べられないと私は死んでしまうかもしれん」
死にませんよ…。
いいや分からないだろう。
こんな何気ない会話が、この先もずっと続いていきますように。
僕はそう心に願いながらキッチンへと向かった。
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